【拒否できない日本】関岡英之著 2004年刊 文春新書 米国の日本Global化の実態

このタイトルは、頭でわかっていたつもりだった。しかし、内容をつぶさに読んでみると、アングロサクソンのGlobal戦略としての日本のGlobal化が進められていることがわかる。
そして、もう一つ重要なのは、この著者、関岡氏は人生の節目節目で、取り組む仕事や、テーマを変えている方である。大学卒業後、東京銀行に就職し、為替ディーリングや、北京駐在を経て14年間勤務後退職、建築事務所に勤務して現在はドキュメンタリー作家として活躍している。この著作は、建築事務所に務めている時の北京での出来事がきっかけで、書かれている。人生、気がついたら動かざるを得ない。そんな生き方も人生100年時代の学びを考える上で、とても参考になる。

関岡氏の指摘は、1999年6月、北京の人民大会堂で開催された国際建築家連盟(UIA)の世界大会参加から始まる。そこで、「世界各国の建築家の資格制度を国際的に統一するルール」が決定されたのである。内容は、米国の制度の焼き直し(教育年限5年、民間第三者機関の認定要など、日本の大学の建築学科を出ても世界では働けない)であるが、中国も同意していたという事実を見てしまう。

そして、学会とは別に米国と中国の建築業界は相互に話し合い、米国は巨大な中国市場参入を果たす。もちろん、建築家の世界統一ルールはその一環である。一方、中国はこの採択の10年前、1990年代には大学の建築学科の教育制度を米国基準に合わせて改革している。(この後、1993年に米中の建築市場の相互開放の協定が調印され、同時に1999年の北京での国際建築家連盟(UIA)の世界大会開催も決定された。)
時間的には長いレンジ、関連業界は、建築学会だけでなく、大学、建築業界、もちろん米国政府も深く関与して取り進められていることがわかる。対応する中国政府にも思惑があり、当時の重要課題はWTOへの参加であった。(これは2001年に実現している。もちろん、WTO加盟にも米国の思惑が入っているのは言うまでもないが。)

では、話を建築家に戻すと、日本にとってとんでもないルールが制定されたことになる。日本は建築家の数が29万人と世界でもダントツで多い。人口が2倍の米国が11万人、中国は3万人だという。日本は建築を「芸術分野」でなく「工学分野」に位置づけていることが結果的に多くの建築家を生んでいる背景だと関岡氏は言う。日本の建築家は、世界では働けないことになる。そして、日本はその流れに為す術がなかったかのように「何もしなかった」のである。

関岡氏が、この状況を日本の建築業界誌投稿すると、にべもなく断られたそうだ。国内しか眼中にない業界人が、Globalや、今後確実に巨大になる中国市場など、興味がなかったのだという。一方米国は「サービス産業部会」を作り、金融、通信、知財など作業部会別の企業連合を作っている。参加企業はATT、IBM、CITIBank American Express等々、有力企業の連合体でもある。その中に「中国部会」がしっかりあり、WTO加入の前から、中国との交渉を頻繁に行い、当時のクリントン大統領の支援なども後ろ盾に着々と手を打っていた。

日本の建築業界に戻ると、1995年の阪神大震災の後、1998年に建築基準法が全面的に改正された。その内容は基準を「仕様規定」から「性能規定」に変更したという。関岡氏はその変更部分の答申を見て驚く。「建築基準は安全保障のため、必要最低限であること」と明記されていることに驚くと同時に「国際規格を基礎として用いること」と続くことに衝撃を受ける。建物の安全の強化ではなく「国際調和への配慮」が優先していたのである。

関岡氏の遡及は更に続き、1989年の「通商法スーパー301条」の発動のときの標的3品目(スーパーコンピューター、人工衛星、建築木材)に端を発しいていることに気がつく。更にさかのぼれば、米国の都合に合わせた1985年のプラザ合意と「新通商政策」まで仕組まれていたことも明らかになる。

関岡氏は、会計基準のGlobal化についてもメスを入れる。改革メンバーの過半数が米国+英国であることに気づく。欧州や日本は1名出すのがやっと。すなわち、Global基準は「アングロサクソン」の都合により作られる仕組みであることを見抜く。また、契約書と訴訟も「英文」で作成させ、米国法曹界が参入しやすい地盤を作る。(日本型ロースクールは失敗に終わったが)

アングロサクソンは、獲物に狙いをつけるとそれをどうやって手に入れるかを周到に考えて、行動に移す。その目的のためであれば、使えるもには何でも使い、目的を果たす。(たとえ反対勢力でも使えるなら使う)
日本は、三権分立の独立性が低いので、行政役の官僚が立法まで手がけてしまう。(日本の政治家のだらしなさの裏返しだが!)
そうすると、米国にとって、日本は調整さえうまくゆけば思い通りになる国ということになる。

面白い話がある。ノーベル賞創設のときにノーベル経済学賞は無かった。
1960年末に新設され、受賞者は 米国33名、続いてイギリス7名(この著作の執筆当時)で圧倒的にアングロサクソン独占の賞である。

関岡氏は、「気がついてしまった事実」の原因を追求することで、米国と日本の関係性に深く踏み込むことになった。とは言っても、追いかけた対象は米国が通常公開している、Web情報である。以下ががリンク↓

https://ustr.gov/about-us/policy-offices/press-office/speeches

私は、この著作を読んで、私が米国エネルギー省のワークショップで学んだ「課題の洗い出し」「業界連携強化」「政府の行動支援」と固く結びついていることを確信した。米国内部では、「愚直に」「可能性を追いかけて」「自らの豊かさを追求する」姿を。

好き嫌いの問題ではない。学びをおろそかにすると、常に振り回される選択しか残っていないということがわかる。人生100年時代の大人のマナビは、かくも奥行きの深いものである。

コメント

  • コメント (3)

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  1. ykawase
    • ykawase

    グローバル化=アメリカ基準の受け入れという事なんですね。戦わずして勝つみたいな話と思いました。HUAWEIが今、各種規格制定団体から締め出されていることを思い出しました。

    • yagihiroshi
      • yagihiroshi

      Global化=米国基準としたのが戦後の米国のリーダーシップですね。
      日本は、対米従属で対応してきて、いつの間にか考えない国になってしまったところがまずいですね。

    • yagihiroshi
      • yagihiroshi

      言葉は、定義を明確にしないと空回りしますね。
      どんな言葉でも、それぞれに、検証が必要だと思います。

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