山本家は分析的に信仰している
山本七平氏が1991年に亡くなった後、奥さんのれい子さんと息子の良樹さんによるキリスト教の聖地での思索のまとめ。エルサレムでは、七平氏の散骨をする。
キリスト教徒であり、ユダヤ教の造詣も深い山本七平氏の遺構も含めて書かれている内容は今でも含蓄に富む。
ユダヤ民族が、歴史の試練を経て現代まで生き延びてきたことと、日本を含めた同時代の国々の歴史を論ずる。
私のライフワーク「ユダヤ教徒の研究」への重要な視点を与えてくれる。
旧約聖書の「民族」観
ホメロス作の「イリアス」はトロイ戦争を語った口承大叙事詩であり、紀元前8世紀頃作られた。後世に大きな影響を与えた。
そして、ユダヤ教の原典、創世記や旧約聖書に大きな影響を与える。
日本も口承記紀があるが、若い
日本でも同様な創成期の口承は「古事記」であるが太安万侶により712年頃まとめられた。
一方歴史書としての、「日本書紀」編纂は天武天皇の命で720年頃といわれている。
イリアスから1500年過ぎている。日本の歴史書は作成されたのは遅い、それは日本が若い国として世界に入っていったことを意味すると良樹氏は指摘する。
「ユダヤ民族生き残り」のための旧約聖書
史実に戻ると、古代ユダヤ王国は595BC、587BCにバビロニア王、ネブカドネザルに征服され、ユダヤ人はバビロンの捕囚となった。旧約聖書にこの部分の記載がある。
ユダヤ王国と当時の王国の対立は、相手を徹底的に殺す、殲滅戦であった。
旧約聖書は、そういう世界の歴史をまとめた「テキストブック」の役割を果たしている。それゆえ、民族の概念が思想である。それをまとめたのがバビロンで捕囚された「祭司階級」である。「選民化」というユダヤ民族理念でもあった。
忘却しないように「旧約聖書」を作り、伝える仕組みを作った。
イエスとの邂逅
バビロンの捕囚から解放されたのち(538BC)パレスチナの神殿再建に取り掛かる。
エズラがモーゼの5書を解釈し定めと掟にまとめた。
アレキサンダー大王の時代を過ぎてしばらくは王国は安泰であったが、63BCローマがエルサレムを占領してパレスチナはローマ支配となった。その後パレスチナの主権者はしばしば変わり、40BCにはヘロデ王となり4BCまで続く。7BCころキリストが生まれたとされている。
ユダヤ教各宗派の思想
パリサイ派:多数派 一切を運命と神に託す 民衆の宗教
サドカイ派:運命を否定 トーラー(律法)以外は守らなかった 神殿の宗教
エッセネ派:純粋のユダヤ人 相互愛、財産の共有
パリサイ派とサドカイ派はエズラのトーラー完成で、それを超えた神は出てこないと確信していた。
そこに キリストが出てきても無視した。
サドカイ派は、モーゼの兄、アロンの血を引くものがイスラエルと統治すべしと考えた。
パリサイ派は、ダヴィデ王の子孫がメシアとして現れ、イスラエルを統治すると考えていた。
イエスのユダヤ教改革
イエスはパリサイ人とのやり取りで、パリサイ派の論理を否定せず、超越することを説いた。
イエスの頃の宗教教育「会堂:シナゴーグ」モーゼの5書の朗読が中心だった。
週2回3年かけて行われたという。
ヘロデ王のヨハネの処刑
信仰に篤いユダヤ人を見て、ヘロデは驚く。ユダヤ支援も施策として行うが、教義には関心を示さない。
一神教に悪はない
一神教はユダヤ人の発明:それゆえ、悪を持たない
そして、神の前の「自己責任」
イエスは、一神教の混乱の中「虚無」に向かって対峙し、十字架にかかった。
(オウムの麻原との違い)
パリサイ人は律法主義者であり、イエスの説法を聞きながら、ユダヤ教視点で罪人にするよう謀った。
イエスが安息日に手の萎えた人を治したことを罪として、殺す策を練った。
懐疑なくして「宗教」を信じてはいけない
「聖なる詐欺」新約聖書の可能性を指摘する良樹氏。
歴史上「教団が」何度もやってきたこと :真心からの嘘
教会の組織によって新約聖書はまとめ上げられてゆく。
聖書の本質「純愛」
それゆえイエスは宗教者ではなくヒューマニストであった。
八百万の神:個人の責任の所在が皆無
日本に立ち戻って考えると、あれだけの宗教まがいのオウムと現宗教者の対決がなければ宗教の意味が疑われる。
日本の社会は80年代から「意味」を忘れてひたすら「量産」に走った。
尊敬する山本七平氏のご家族も加わった、キリスト教の背景と現代日本の置かれた状況。特に地下鉄サリン事件(1995年 七平氏は1991年に亡くなっているが)をオウム真理教という宗教名を語り、麻原の仏陀の生まれ変わりを信じた「懐疑心をもたない」人々の存在に警鐘を鳴らしている。
サリン事件の起こった1995年に、私は米国に来た。そしてハイテクの面白さでシリコンバレーにすみ始めた。あれから25年、今では、人間の歴史と心のあり方が私の最大の興味である。人生100年大人の学びは、折々に変化する。
COVID-19も今までの学びを生かしながら克服してゆきたいと考えている