人生100年時代を考えるための学びの手段として yagihiroshi.net を立ち上げて3ヶ月目に入った。まだまだ活用法は手探りではあるが 歩きサンドリア図書館分館 には、山本七平氏の本が数多く積まれている。これらは、今まで私がかなり読破してきたものを中心にしている。最近、デジタル化のおかげで、私が以前読み落としていた山本七平氏の著作が再び読めるようになった。今回ご紹介する【無所属の時間】もその中の一つで、私は読んで久々に「感銘」を受けた。
私が特に感銘を受けたのは一番最後の「私の尊敬する人」である。これは1974年9月3日にNHKで放映された内容をまとめたものである。碩学の泰斗、山本七平氏が影響を受けた人が取り上げられ、その人達は「無所属」なのである。
そして、その人達は「なる」人ではなく「する」人であったという点がすごく響いた。
塚本虎二先生(1885年生まれ)、一高で内村鑑三からキリスト教学び独学で「ヘブライ語」「ギリシャ語」を学び常に首席、1911年東大卒業後農商務省に勤務。しかし、勤続7年で辞職。(行政手腕も評価され、当時の新聞記事となる)
辞職の理由は「一度も真っ裸になって勝負したことがない」「聖書研究が本来の仕事に思える」「行く先は見えないが、聖書研究の先に溢れ出るものがあると信じている」というものであった。
1921年、塚本虎二先生は英語学者 斎藤秀三郎氏の娘さんと結婚する。
(注 斉藤秀三郎氏の息子が斎藤秀雄氏:桐朋学園創立、小澤征爾氏の指導者)
しかし、1923年の関東大震災で1歳と3ヶ月の2人の子供を残して奥さんは圧死してしまう。そこから、「公開聖書講義」を始める。1925年からはギリシャ語研究会でギリシャ語も教えるようになった。ダンテの「神曲」も好んで教えた。日本のギリシャ語の権威と言われる人たちは、塚本虎二先生の弟子が中心である。1929年から個人誌「聖書知識」発行。山本氏はそれをずっと購読したという。1960年始めまで続けた。(注 私の高校時代の国語の教師は、塚本虎二先生の講義を受け、キリスト教徒だった)
ここからが、山本氏の塚本虎二先生の評価である。
1.塚本虎二先生には虚勢がない:自分の中に溢れ出るものがあったら人に語る。なければ沈黙する。
2.自分で自分を律している基準でしか発言しない:塚本虎二先生には表裏がない。発言がその人の人生を裏切らなかった方。
3.どんな場面でも差別がなかった:聖書の講義は天皇陛下の前でも、結核患者の前でも同じであった。逆に同じ質問でも、それぞれの人には異なる回答をしている。
4.完全癖であった:完璧にならないと出版しない。とことん納得するまで推敲する。「イエス伝研究」は未刊であるのは残念。
5.虚栄心がない:苦しかったときは「苦しい」と言い、大変なときは「大変」と発言する。
6.あらゆるものから自由になることを目指した。
これらの根底は人間は本来一生涯「する」ものであって「なる」ものではないとという意識に裏打ちされ、内村鑑三、斎藤秀三郎の影響も大きいと山本氏は指摘する。一個人としての行動で組織には属さなかった。
山本氏は最後、塚本虎二先生は内村鑑三を乗り越えたと発言しなかった。しかし、ギリシャ語、ヘブライ語では超えていた。発言しなかったのは「弟子は師にまさらず」という考えがあったためだと分析している。
【無所属の時間】は他にも含蓄のある章が多い(山本氏の視点で見ているから当然だが)
これからの人生100年時代「所属という概念」を外すことにより「新しい視点が持てる」ことは、転職とかビジネス海外展開とか節目節目で重要であろう。そして、実際自分の人生が後半になれば組織から離れた「所属のない自分」が来る可能性が高い。
この本は、そういった意味で、今の私自身に対する示唆にも富んだ、内容の深い本であった。
ぜひ、読んでいただきたい著作である。
あらゆるものから自由になる、むずかしいですが、目指すべきものですね。自由とは若さと似ていてそれだけでは何者でもない。逆に(宇宙は3次元とか)何か制限を加えることによって見えてくるものがあって、その射影された一面を実体とみなしているところがあると思う(ホログラフイー原理ってそういうこと?)。方程式も境界条件を設定するから解がある。シニアの入り口にさしかかると、今までのしがらみから自由になっていることに気が付く。この時を大切にしたいですね。
コメントありがとうございます。
シニアの方で、所属がなくなると名刺を持たない人がいるのですが、私は自分のIdentityを確認する上で、名刺を作ることを勧めています。
それが決まると、見えてくるものが変わり、やることが変わってきます。
そんな意味で、自由を使いこなすには「修業が必要」だと思います。
若いときから、変化を受け入れることは、人生の後半で大きな強みになると思います。