【帝王学「倫理」21「正義」】杉浦重剛著 「倫理」より[YouTube]自分自身が正しくないと、人々も、社会も、国も 正しい道に進めない TOPが率先する「正義」が重要なのは古今東西、変わらぬ真理です ソクラテスやネルソン提督も登場します

「正義」という言葉は昔は正しい意義という意味だったが 現在は正しい道を実行すると言う意味で使われている 今後殿下は、人や団体を政治を行う立場になるので 重要な徳となるので、お話しします 古代を考えてみますと 素戔嗚尊(すさのうのみこと)の子の大国主命が 出雲を統治されたのはすばらしい偉業です しかし、天照大神が 建御雷命(たけみかづちのみこと)を遣わせて そなたの国は私の子の領地にしなさいと詔を下し 大国主命は潔く天皇に領地をすべて差し上げました これが日本国全体を見た「正義」の実行です

崇神天皇の四年には詔を下して言いました 代々天皇になるのは、自分のためではなく 人々と社会を整備して平和の世界を作ることを願って 慈しんでいるからである。私がこの掟を破ることはない だから、臣下の皆さん、心を込めて人々を 安心させてください これが、天皇が臣下を集めて 正しい心で政治をしなさいとおっしゃられたことです 孝徳天皇は大化二年に東国の国司たちに詔を下されました 何かを始める人間は、主君あるいは臣が自分を 正しくして、他の人を正しく導くべきである 自分自身が正しくなくて人を正しくできるだろうか だから、主君あるいは臣でも、自らが正しくなければ たちまち災難を受けるのである 謙虚で、自らが正しければ必ず正しい道になる このように、古来の天皇は 正しいことを率先垂範してこられました

鎌倉時代になりますと、北条家の名執権泰時と 栂尾の僧高辯(こうべん)との政治の話があります 泰時が高辯に聞きます 「自分はきっちりやっているのに 人々がついてこないのは、どうしたらいいですか?」 高辯は答えて言います 「簡単です。あなたの心が正しければそれでいいのです 昔の哲人は言っています 自分の体が真っ直ぐならば影は曲がりません 政治が正しければ国は乱れません。と 正しいものは欲が無いのです あなたが、真の心でこれを実行すれば、人々に その徳が十分浸透してゆくのです 学んでいなくても人々はそれを願っています もし、争い事が起こったときには すぐに自分を反省して相手のせいにすべきで無い 例えてみると 自分の体が真っ直ぐでないのに 影が曲がっていることを不快に思うのと同じです 自分の体が正しくないのに 影が悪いと言うことができるのでしょうか」 泰時は後に「未熟者の私が執権になり、 間違いをしなかったのは高辯のおかげだ」と言った 泰時の政治が後世でも誉高いのは その心の配り方が正しく公平だったからです これは、政治を行う上で重要なポイントです

徳川時代になりますと、有名な儒者に山崎闇斎がいます はじめは漢学を学んだのですが 後に垂加流の神道を提唱して日本精神を大いに高めました あるとき門弟を集めて聞きました 「今、孔子が大将となって、孟子以下の賢者を集めて 我が国を責めてきたらどうする」 誰も答えませんでした 「撃退するべきだ」と闇斎は言いました これは、日本精神の「正義」を発揮するものです いまはこの質問は不要ですが、外来の宗教などに対しては 闇斎と同じ精神を持つことが大切です

さらに、外国の例を見てみましょう 昔 周の国が混乱したので「春秋」を書いて大義名分や 賞罰昇官などを例え話にしました 孟子は「孔子が春秋をお書きになり 謀反をする臣下たちは恐れました」と言った 孔子が「正義」の基準を天下に示したわけです 漢の時代には武帝がいました 賢くて真面目、正しいことをはっきりと言う人間を 採用し、武帝が質問しました その時に、董仲舒と言う学者がいました 質問に答えて 「君主は、まず自分を正して朝廷を構成し そこの臣下たちを朝廷に合わせて正しくし 臣下たちに合わせて人々を正しくする 人々を正しくして周辺国を正しくし 周辺国を正しくしてさらに外国を正す 正義があれば十分です」 天下を治めるには君主が正しいことと言っています 宋の終わりに文天祥という忠勇の義士がいました 正気歌(せいきのうた)にたくさんん例をあげています 斉では太史の手紙、晋では董狐(とうこ)書物 秦では張良の書簡、漢では蘇武の歌などです この人たちは命をかけて「正義」を行った人です

これを欧州で見てみましょう ソクラテスは「正義」で生涯を送った賢人です クセノフォンが「私の先生のソクラテスは言葉と行いに 間違ったところを見つけた人はいません 先生は神を敬っていますし「正義」の人です」 ソクラテスは晩年ミレトスに罪に陥れられて 死刑を宣告されます その法廷でソクラテスは次のように言います 「人は(死刑で)脅かして私の主張を変えようとする 私は自分の主張は命が危うくなっても、災いが来ても 法を破って、正義を守るので変えない 皆さんの意見を断固拒絶したのはそれが理由です」 そして自説を曲げずに死刑になった 英国ではネルソン提督の話があります ナイル川でフランス軍と戦い撃破したのですが 頭部に負傷しました ペリイ大佐は抱きかかえて治療室に運びました 室内には多数の負傷兵が手術の順番を待っていました 軍医は提督の怪我を見て手術中の負傷兵をおいて 提督の治療にかかろうとしました 提督はそれを制して「私は順番を待つよ」と言いました 自分の順番が来るまで治療を受けませんでした これは、彼が軍の規律を守るという「正義」です 部下を服従させるのはここにあるのです

列強がお互いに対立するしますが 平和な時は仲良くすべきです しかし、乱暴な国が我が国を侵害して、 独立を危うくするような時は 思い切って武器を取って戦うべきです 国家の行動も「正義」から外れてはいけません (ここで杉浦重剛氏は第一次世界大戦を 正義の戦いではないと見ています) 「正義」を実行することが一番重要なのが政治です)

論語はこう言っています 季康(きこう)が孔子に「政治とは何」と聞きました 孔子は答えて、政治は正義です 上の人が正義で行えば、不正をする人は出ません また 自分が正しければ命令しなくても実行され 自分が正しくなければ、命令でも聞き入れません また 自分自身を正しくすれば、政治を行うことができます 自分が正しくなくて、ほかの人を正しくできません 人々、社会、国を正しくするのは 治める人が自分から正しい人となることなのです これは、昔から変わらない真理なのです

人生100年大人の学び

正義を実行することは国をまとめ上げるにも重要である。それもTop率先垂範しないと浸透しない。帝王学の内容として杉浦重剛氏の「倫理」は最高レベルだと改めて認識した。私の周囲では「古事記」にからんだ研究会や實践している方々が急増中である。時代の大転換を感じる。

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